ここまで見てきたガウス周期をガロア理論の立場から見直してみます。ガウスはガロア理論を知りませんでしたが、円分体に関しては、完全にガロア理論と同様のことを理解していたと言われています。
ガロア(Galois)は1811年生まれですからガウスが34歳の時に生まれました。そして、20歳のとき決闘で死ぬまでにはガロア理論の構想はできていましたから、ガウスが50歳前後のときにはガロア理論は誕生していたことになります。(ちなみに、ガウスは77歳で亡くなっています。)ガロアが決闘に行く前日に友人のシュヴァリエに宛て「ヤコビかガウスに、これらの定理の正しさではなく重要性について、公の場で意見を求めてほしい。」と最後の手紙を書きました。("定理の正しさではなく重要性について"と書いたのは、ガロアにとってガロア理論-後にそう呼ばれることとなった一連の理論-が正しいことは当然だったのでしょう。)しかし、残念ながら、ガウスはガロア理論を知ることありませんでした。
15歳の頃のガロア
今回はガロア理論の初歩について説明します。ガロア理論をなぜ”ガロアの定理”ではなく”ガロア理論”と呼ぶのか、それは、ガロア理論とは個別の定理を指すのではなく、一連の定理の集合体を指すからです。ガロア理論は、大学1,2年程度(?)の知識で理解できる数学の理論としては、最も美しく、最も有用で、最も示唆に富むものの1つではないかと思います。
ガロア理論
ガロア理論(Galois Theory)とは、ある"多項式の解の関係"を、より扱い安い群(この群をガロア群といいます。)の言葉で表そうというものです。
今回の例では、多項式は円分方程式\(\Phi_{p}(x)\)です。そして、その解\(\zeta_{p},\zeta_{p}^{2},\cdots,\zeta_{p}^{p-1}\)の関係とは、ガロア周期が満たす方程式やガロア周期どおしの関係を意味します。
基礎体
多項式を考える際に係数の範囲をどの範囲で考えているのか明示するのが重要です。例えば、係数の範囲を複素数(より、一般的には代数閉体)とすると、全ての方程式は解を持ちますので(代数学の基本定理!これもガウスが証明しましたね)、全ての方程式は一次式に因数分解ができてしまいます。
今回の例では、有理数\(\mathbb{Q}\)係数を念頭に考えます。多項式を考える体(四則演算が定義されている集合)のことを基礎体(この例では有理数体)といいます。
多項式に対して、基礎体が1つ定まるわけではありません。例えば、\(x^{2}+1\)は、有理数係数多項式と考えることも、実数係数多項式と考えることもできます。その意味で基礎体を明示することは重要です。
体の拡大体
円分多項式の場合、その解は\(\zeta_{p},\zeta_{p}^{2},\cdots,\zeta_{p}^{p-1}\)ときれいな形で表わすことができ、それらの関係も「解と係数の関係」や「cosの加法定理」等を使って比較的容易に求めることができました。
biteki-math.hatenablog.com
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しかし、一般的には既約方程式の解がこのようにきれいな形で表されるわけではありません。むしろ、5次以上の方程式は、ほとんどの場合根号記号(平方根\(\sqrt{\ \ }\)だけではなく、\(\sqrt[3]{\ \ },\sqrt[4]{\ \ },\cdots\)を含む。)で表すことすらできません。(これもガロア理論の簡単な応用です。)
1の17乗根の場合、ガウス周期を使って、2次方程式を複数回解くことによって求めることができました。つまり、ルート\(\sqrt{\ \ }\)のみを用いて1の17乗根を表すことが可能です。
一般的に1のn乗根も、根号記号(平方根\(\sqrt{\ \ }\)だけではなく、\(\sqrt[3]{\ \ },\sqrt[4]{\ \ },\cdots\)を含む。)を用いて表すことができます。しかし、(円分多項式以外の)一般の5次以上の方程式の場合に、このような形で方程式の解が求められるのはまれです。
基礎体\(K\)に多項式\(f(x)=0\)の解の1つ\(\alpha\)を加えた(添加した)体 \( K(\alpha)\)を考えます。
\(\alpha\)を加えた(付加した)体\(K(\alpha)\)とは、次のような集合です。
\[ K(\alpha)=\{ k_{0}+k_{1}\alpha+k_{2}\alpha^{2}+\cdots \ \ | \ \ k_{i}\in K\ \ \}\]
これらの例からわかるとおり、\(K(\alpha)\)の定義
\[ K(\alpha)=\{ k_{0}+k_{1}\alpha+k_{2}\alpha^{2}+\cdots \ \ | \ \ k_{i}\in K\ \ \}\]
の右辺は多項式\(f(x)\)の次数を\(n\)とすると、\(n-1\)まで考えれば十分だと分かります。なぜなら、\(\alpha\)は\(n\)次方程式\(f(x)=0\)の解なので、\(\alpha^{n}=a_{n-1}\alpha^{n-1}+\cdots+a_{1}\alpha+a_{0}\)と表されるからです。
また、\(K(\alpha)\)が体となる(すなわち、四則演算で閉じている)ことも示せます。この\(K(\alpha)\)のように体\(K\)を含む体を、体\(K\)の拡大体(extention field)といいます。また、拡大体を基礎体のベクトル空間(線型空間)と見た場合の次元を拡大次数(degree)といいます。\(K(\alpha)\)は、\(K\)の拡大体で\(\alpha\)を含む最少のものになります。
\(K\)を基礎体、\(f(x)\)を\(K\)を係数とする多項式、\(\alpha\)をその一つの解(つまり、\(f(\alpha)=0\) )のとき、\(K(\alpha)\)は、 \( \alpha \) を含む\(K\)の最少の拡大体である。
体とは四則演算で閉じている集合ですが、加法、減法、乗法で\(K(\alpha)\)が閉じているのは\(K(\alpha)\)の定義から明らかです。問題は、除法(割り算)です。ここでは証明は省略しますが、ポイントは、\(\alpha\)が方程式\(f(x)=0\)の解となっていることです。例えば、\(\frac{1}{\alpha}\)が\(K(\alpha)\)に含まれていることは次のようにわかります。
\[f(x)=x^{n}+a_{n-1}x^{n-1}+\cdots+a_{1}x+a_{0}\]
とすると、\(f(\alpha)=0\)ですので
\[a_{n}\alpha^{n}+a_{n-1}\alpha^{n-1}+\cdots+a_{1}\alpha+a_{0}=0\]
この式の両辺を\(a_{0}\alpha\)で割ると(\(a_{0}\alpha\ne 0\)と仮定しています。)
\[\frac{1}{\alpha}=-\frac{a_{n}}{a_{0}}\alpha^{n-1}-\frac{a_{n-1}}{a_{0}}\alpha^{n-2}-\frac{a_{n-2}}{a_{0}}\alpha^{n-3}-\cdots-\frac{a_{1}}{a_{0}}\]
と表せるため、\(\frac{1}{\alpha}\in K(\alpha)\)が分かります。
多項式の分解体
基礎体\(K\)に多項式\(f(x)\)の全て解\(\alpha_{1},\alpha_{2},\cdots,\alpha_{n}\)を加えた(添加した)体\(K(\alpha_{1},\alpha_{2},\cdots,\alpha_{n})\)を多項式\(f(x)\)の分解体(splitting field)といいます。
具体的には、\(K\)に\(\alpha_{1}\)を添加して\(K(\alpha_{1})\)を作り、これに\(\alpha_{2}\)を添加して\(K(\alpha_{1},\alpha_{2})=K(\alpha_{1})(\alpha_{2})\)と順々に拡大体を作成していきます。
この定義から、多項式\(f(x)\)の分解体は、多項式\(f(x)\)の全ての解が含まれる最少の拡大体であることが分かります。したがって、解\(\alpha_{1},\alpha_{2},\cdots,\alpha_{n}\)の順番の取り方に依存しません。
また、多項式\(f(x)\)は、多項式\(f(x)\)の分解体においては
\[ f(x)=(x-\alpha_{1})(x-\alpha_{3})\cdots(x-\alpha_{n})\]
と因数分解されます。分解体は、\(f(x)\)が一次式に完全に分解される最少の体と特徴付けることもできます。
分解体の定義から、\(\alpha_{1}^{i},\alpha_{2}^{j}\cdots\)が分解体に入ることは明らかですが、これらの積である\(\alpha_{1}^{i}\alpha_{2}^{j},\cdots\)なども含まれています。
\(K\)を体、\(f(x)\)を\(K\)係数の多項式とするとき\(K\)の分解体を\(L\)とすると、\(L\)はすべての\(f(x)=0\)の解を含む最小の\(K\)の拡大体である。
分解体は基礎体にある多項式の解をすべて添加したものですが、方程式によっては、解の1つを加えるだけで分解体が作れる場合があります。しかし、そのように解の1つを添加すれば常に分解体が作れるわけではありません。
ガロア群
以上を前提に、ガロア群について説明します。\(K\)を基礎体、\(f(x)\)を\(K\)を係数とする多項式とし、\(L\)をその分解体とします。このとき、\(K\)の拡大体\(L\)のガロア群(Galois group)\(\text{Gal}(L/K)\)とは次のような元の集合となります。
① ガロア群の元は、\(L\)から\(L\)への体の同型写像である。(体の同型写像とは、体から体への全単射で、加減乗除の演算を保つ写像をいいます。)
② ガロア群の元は、基礎体の元に対しては恒等写像となる。
上の①、②の性質を満たす、\(L\)から\(L\)への写像を、\(L/K\)の自己同型写像といいます。(つまり、ガロア群とは\(L/K\)の自己同型写像からなる集合のことをいいます。)
\(L\)上の恒等写像\(e\)は常に①、②を満たしますので、\(e\)がガロア群の単位元となります。
そして、ガロア群の2つの元\(\sigma,\tau\)に対し、合成写像\(\sigma\circ\tau=\sigma(\tau)\)を考えると\(\sigma\circ\tau\)も上の①、②の条件を満たしていることがわかります。つまり、ガロア群の2つの元\(\sigma,\tau\)に対し、合成写像\(\sigma\circ\tau\)もガロア群の元となることが分かります。
また、ガロア群の元\(\sigma\)は、同型写像ですので(当然、全単射です。)逆写像\(\sigma^{-1}\)を考えることができます。すると、\(\sigma^{-1}\)も上の①、②を満たしますので、\(\sigma^{-1}\)もガロア群の元となります。
以上より、ガロア群は、写像の合成を演算とする群となることが分かります。
ガロア群を定義する際に\(L\)をある\(K\)係数多項式\(f(x)\)の分解体としましたが、ガロア群の定義の中には\(f(x)\)は出てきません。つまり、ガロア群は\(L\)と\(K\)により定まるものであり、\(f(x)\)の取り方には依存しないことが分かります。
この2つの例から、ガロア群の元は共役写像を一般化したものであることが分かります。
これらの例より\(f(x)\)の解はガロア群により\(f(x)\)の解に移ることがわかります。
\(f(x)\)を\(K\)係数の多項式で\(L\)上ですべての解を持つとき、ガロア群\(\text{Gal}(L/K)\)は\(f(x)=0\)の解の置換を導く
なお、この定理は定理を覚えるよりも証明を覚えておいた方が応用が利きます。
(証明)
\(\sigma\)を\(L/K\)の自己同型写像、
\(f(x)=0\)の解の1つを\(\alpha\)とすると、\(f(x)\)の係数が\(K\)であることに注意すると
\[\begin{align}
f(\sigma(\alpha))&=\sigma(f(\alpha))\\
&=\sigma(0)\\
&=0
\end{align}\]
よって、\(\sigma(\alpha)\)は\(f(x)=0\)の解となる。一方、\(f(x)=0\)の解は分解体\(L\)の中で一位に定まるため(もちろん、解の個数は重複を含めてdim\(f(x)\)個です。
)\(\sigma\)は解の置換を導く。
次回、円分多項式の分解体である\(\mathbb{Q}(\zeta_{n})\)のガロア群\(\text{GaL}(\mathbb{Q}(\zeta_{n})/\mathbb{Q})\)を考えます。