美的数学のすすめ

初等整数論のうち、平方剰余の相互法則の意味を当面の目標としたいと思います。ゆくゆくは、ガウス和、円分体論まで到達したいです。

多項式の因数分解と素イデアルの分解

 ここまで多項式の因数分解の法則について書いてきましたが、通常の整数論のテキストには多項式の因数分解ではなく、素イデアルの分解について書かれています。今回は、多項式の因数分解と素イデアルの分解の関係について解説します。

多項式の因数分解

 整数係数多項式を\(f(x)\)とします。\(f(x)\)の係数を\(\bmod{p}\)することにより\(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z}\)上の多項式と考えることができます。この\(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z}\)上の多項式を\(\overline{f}(x)\)と記載することとし、この多項式が\(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z}\)上の多項式として、どのように因数分解できるのか考えます。

2次式の場合

 例えば、\(f(x)\)を2次式\(f(x)=x^{2}-a\)(\(a\)は整数)とするとき、\(\overline{f}(x)=x^{2}-\overline{a}\pmod{p}\)が因数分解できるか否かは、\(a\)が\(\bmod{p}\)で平方剰余か平方非剰余かによります。

\[ \overline{f}(x)=x^{2}-\overline{a}\pmod{p}{\text 因数分解可能}\Longleftrightarrow a{\text が}\bmod{p}{\text で平方剰余}\]

円分多項式の場合

 \(p,q\)を異なる素数とし、\(\Phi_{q}(x)\)を「q番目」の円分多項式とします。このとき、\(\overline{\Phi_{q}}(x)\pmod{p}\)の因数分解には、美しい法則があります。

\[\overline{\Phi_{q}}(x)\pmod{p}{\text が}g{\text 個の}f{\text 次式に分解される}\Longleftrightarrow p{\text の}(\mathbb{Z}/q\mathbb{Z})^{\times}{\text における位数が}f\]

 ここで、左側と右側とで考える\(\bmod{}\)が交換していることに注意しましょう!

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 このように、円分多項式の\(\bmod{p}\)での因数分解には美しい法則がありました。一方、円分多項式と2次式との間にはガウス和とガロア理論を通じて関係がありました。そして「円分多項式の\(\bmod{p}\)での因数分解の法則を2次式に適用する」ことにより、平方剰余の相互法則を導くことができるというのが、ここまでのメイントピックでした。

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素イデアルの分解と多項式の因数分解

 ここまで、このブログでは多項式の因数分解を話題の中心においていました。これは、因数分解が分かりやすくイメージしやすいからです。しかし、初等整数論のテキストでは多項式の因数分解ではなく、素イデアルの分解が解説されています。ここでは、素イデアルの分解と多項式の因数分解にどのような関連があるか考えます。

素イデアルの分解とは

 素数\(p\)から生成される有理整数環\(\mathbb{Z}\)のイデアル\( (p)\)を考えるとイデアル\( (p)\)は素イデアルとなります。逆に、有理整数環\(\mathbb{Z}\)は単項イデアル整域ですので素イデアルはすべてこのような形をしています。(なお、\(\mathbb{Z}\)を整数環と呼ぶと、以下に出てくる代数体の整数環と区別がつけにくくなるため、有理整数環と呼ぶことがありますが、通常の整数からなる環です。)

 ここで\(K\)を代数体(つまり、有理数体\(\mathbb{Q}\)の有限次拡大体)とし、その整数環を\(\mathcal{O}\)とします。一般的に整数環は、一意分解整域となり、素イデアル分解が可能です。そこで、素数\(p\)に対して\(p\)から生成される\(\mathcal{O}\)のイデアル\(p\mathcal{O}\)も素イデアル分解が可能です。

\[ p\mathcal{O}=\mathfrak{P}_{1}^{e_{1}}\mathfrak{P}_{2}^{e_{2}}\cdots\mathfrak{P}_{g}^{e_{g}}\]

ここで\(\mathfrak{P}_{i}\)は、\(\mathcal{O}\)の素イデアル。(\(\mathfrak{P}\)はドイツ文字ペーの大文字です。)

多項式の因数分解

 \(f(x)\)を整数係数の既約多項式とします。このとき、\(f(x)\)の最少分解体\(K\)が一意に定まり、\(K\)の整数環\(\mathcal{O}\)も一意に定まります。したがって、上の方法により、素数\(p\)から生成されるイデアル\(p\mathcal{O}\)の素イデアル分解も定まります。

\[\begin{equation} p\mathcal{O}=\mathfrak{P}_{1}^{e_{1}}\mathfrak{P}_{2}^{e_{2}}\cdots\mathfrak{P}_{g}^{e_{g}} \tag{1} \end{equation}\]

他方で整数係数多項式\(f(x)\)を\(\bmod{p}\)することにより\(\overline{f}(x)\)を考えると、この\(\overline{f}(x)\)の因数分解も考えることができます。

\[\begin{equation} \overline{f}(x)=\phi_{1}^{e^{'}_{1}}(x)\phi_{2}^{e^{'}_{2}}(x)\cdots\phi_{g^{'}}^{e^{'}_{g^{'}}}(x)\pmod{p}\tag{2} \end{equation}\]

そして、この素イデアル分解(1)と多項式の因数分解(2)との間に関係があるというのが今回のテーマです。

 素イデアル分解と多項式の因数分解の関係

 整数係数多項式\(f(x)\)が「ある条件を満たす」とき、素イデアル分解(1)と多項式の因数分解(2)とは(因数分解の順番をうまくとることにより)

\[\begin{align} g&=g^{'}\\ e_{i}&=e_{i}^{'}\ \ (1\le i\le g) \end{align}\] とできます。そして、\(f(x)=0\)の解の1つを\(\theta\)とすると、\(\overline{f}(x)\)の因子\(\phi_{i}(x)\)と素イデアル\(\mathfrak{P}_{i}\)との間に

\[ \mathfrak{P}_{i}=(p,\phi_{i}(\theta))\]

という関係があります。

 ここでは、\(f(x)\)が満たすべき「条件」については触れることができませんが、例えば、数論序説(小野孝著、裳華房)84頁や数論2(加藤和也、黒川信重、斎藤毅著、現代数学の基礎、岩波書店)221頁に記載されています。

 円分多項式はこの「条件」を満たします。したがって、円分多項式\(\Phi_q(x)\)の\(\bmod{p}\)での因数分解素数\(p\)の円分体\(\mathbb{Q}(\zeta_{q})\)における素イデアル分解が対応することとなります。

 これにより、これまで見てきた円分多項式\(\Phi_q(x)\)の\(\bmod{p}\)での因数分解の法則は、素数\(p\)の円分体\(\mathbb{Q}(\zeta_{q})\)における素イデアル分解の法則に置き換えることができます。

 次回はこの素数\(p\)の円分体\(\mathbb{Q}(\zeta_{q})\)における素イデアル分解の法則を見ていきましょう。